レビューのようなもの

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特別編①:なぜ最終回のEDロールでニッキーの泣きのシーンが流れたのか?

 オレンジイズニューブラックのシーズン7最終回では、EDのスタッフロールにおいて各出演者からの別れの挨拶となる映像が流されたが、その中でニッキーだけは作中の出演シーンのNGテイクとなっていた。


 それは、アレックスからオハイオの刑務所に移ることになった事を打ち明けられたニッキーが涙を流して軽口を言うシーンである。

 

他の登場人物の場合はフェアウェルな表現が多かっただけに、やけに印象に残るものとなっていたが、なぜこのような演出がとられたのか?


 作中で使用されたOKテイクでは少し顔を歪ませて気丈にふるまう程度の表現に抑えられていたが、敢えて彼女の悲しみを前面に押し出したNGテイクを使用した理由とは何か?

 

 

 それは、ニッキーこそがこの作品の裏の主人公であるからなのではないだろうか。

 

 

ニッキーの半生

 裕福な家庭に生まれたニッキーだったが、聡明な彼女は両親の不和から世間の欺瞞を感じ取り、捻くれて育つことになる。

 そしてお決まりのように悪い友人と徒党を組み、薬物に手を出し、罪を犯して捕まってしまう。
 娘を顧みない親に反発をしていたが、それは愛情に飢えていた証でもある。

 そんな彼女の根底にあるものは孤独だった。

 

レッドとの出会いとファミリー

 家族や社会から引き離され刑務所に入れられたニッキーは、そこで第二の親となるレッドと出会う。

 ニッキーは強烈な支配力で白人グループを仕切っていたレッドを親のように慕い、彼女の片腕として頭角を表していく。
 さらに、世間体や親の目を気にせず自由に振舞う彼女は女漁りも積極的に行うようになり、恋人のローナやレズビアンのライバルであるビッグ・ブー、気の合う友人となるアレックスらと出会うことになる。
 愛情に飢え孤独に苛まれていた彼女は刑務所の中で初めて気を許せるファミリーを得た。

 

逃れられない業とファミリーの絆

 シーズン3において、ニッキーはファミリーの掟を破り薬物に手を出し重警備刑務所へと送られてしまう。後に元の刑務所に戻るが、その時にはかつてのように中毒者となっていた。


 外面ではいつもの軽妙な態度をとっていながらも、シャワールームの隅で蹲り死相を浮かべて葉っぱを吸うニッキー。そんな彼女の姿を見たレッドは彼女を救うことが出来なかったと涙を流す。


 かつて薬物中毒となったニッキーを実の両親は半ば見放していた。しかし塀の中の赤の他人であるレッドは彼女の事を決して見放さず、今までの誰よりも親身になってくれていた。


 レッドの深い愛情を理解したニッキーは、この日から更生していくことになる。禁断症状を乗り越えて薬物依存から脱出し、レッドファミリーの若頭ニッキーとして輝きを取り戻していく。


喪失と継承

 刑務所内での暴動を経て彼女の周囲にも大きな変化が起こる。
 不法移民収容施設の調理場で新たな女性と恋仲となり、楽しい日々を過ごしていたが、実父からは見捨てられ、暴動の時に強いショックを受けたレッドが認知症を患い、ローナは獄中結婚した相手との子供が死亡した現実を受け入れることが出来ずに壊れてしまう。


 さらに恋仲となっていた女性も強制送還されてしまい、アレックスもトラブルによりオハイオの刑務所へと移送されることになり、親も恋人も友人も一挙に失ってしまう。

 

 そうして全てを失ったニッキーは、レッドの跡を継いで厨房のリーダーとなる。


 ファミリーを失った彼女は、自らがファミリーの母となることを選ぶのだった。


弱さと成長、俗人としての主人公像

 オレンジイズニューブラックにおける人間表現の根本にあるものは『弱さ』だろう。

 

 刑務所の中には劣悪な環境で生まれ育ったものもいれば、裕福な生まれのものもいる。

 しかし出自も人種も異なる彼女達に共通しているものが、内面の未熟さである。

 困難な状況の中で目先の利益や快楽に溺れ、犯罪に手を染めてしまう彼女達は、未熟ではあるが必ずしも悪人ではない。


 上流階級にいたパイパーが若気の至りの過ちによって収監され、自身の歪で醜い内面と向き合い、互いに支え合える存在であるアレックスと結ばれ、新たな価値観で人生を歩み始める。


 これは彼女の弱さが消えて強くなったわけではなく、今の自分にふさわしい生き方を模索した結果として価値観が更新されたことを意味する。

 そんな物語においてニッキーの持つ弱さとは、普遍的で誰もが持っている『心の隙間』である。

 

 不十分で愛情に飢えた家庭環境、社会への反発、薬物依存、ある種のお決まりパターンともいえる『弱さ』は、彼女の人間性がどこにでもいる普通の人物であることを示している。
 そんな普遍的な弱さをもつ彼女は、誘惑に負け、挫折を繰り返し、親しい人間に救われて立ち直る。しかし、突然にも彼女の周りから誰もいなくなってしまい絶望の底に落とされる。
 その時に選んだ決断は物語前半の彼女では取り得ない、強い意志に基づくものだった。


 これは普遍的な弱さをもつどこにでもいる一人の女性が挫折を繰り返しながら成長した証であり、視聴者に強烈な共感を生み出す演出である。

 

別れを告げられた彼女の涙の在り方

 アレックスに別れを告げられた時、ニッキーは顔を歪ませ言葉を震わせながら気丈にジョークを交わして手元のトランプを指で弾いた。これはニッキーの格好良さが強調された演出である。
 一方EDロールで使用されたNGテイクでは、泣き崩れ言葉を詰まらせながら吐き出すニッキーの姿が映し出されていた。


 このNGテイクを本編で採用しなかった理由は、ニッキーに不幸が続いたシーズン7において悲壮感が強調されすぎてしまう為だと考えられるが、ではなぜEDロールに敢えてこのNGテイクを使用したのか?

 

 それは、この泣き崩れるニッキーの姿こそが彼女の本来の弱さを表現したものだからではないだろうか。

 

 埋まった筈の心の隙間が再び開いていく悲しみは、『普通の弱さ』を持つ彼女には容易に耐えられるものではない。
 作品上のバランスを考えた演出では弾かれてしまった本当のニッキーの姿を、最後にこの作品のファンに見せたかったのではないだろうか。

 

 これが、あのEDロールにおけるニッキーだけの特殊な演出の理由であると考えられる。