レビューのようなもの

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第8回:狂四郎2030

ジャングルの王者ターちゃん」で有名な徳弘正也氏の漫画作品。全20巻。

 

”「スーパージャンプ」にて1997年21号より2004年16号まで連載された。

遺伝子が全ての優劣を決めるという思想、徹底的な管理社会、人殺しの心理、「理想郷」が抱える矛盾など、人間の持つ負の側面に深く踏み込んだ骨太なストーリーに加え、どんなにシリアスな場面でもギャグを挟むのを忘れない作者のスタイルも健在で、本作において一種のシチュエーション・コメディになっている。ひたすら暗く絶望的な世界観の中、主人公とヒロインの「逢いたい」という一途な想いを貫く姿と、主人公の相棒の存在が、人間の心の強さを表現している。あおり文では本作を「近未来SF冒険SEXYバイオレンスラブロマンスせんずりコメディちんこ漫画」と表現した。

週刊少年ジャンプで『水のともだちカッパーマン』、『Wrestling with もも子』と二作続けて失敗した作者は少年漫画家として生きる道を失ってしまい、漫画家生命をかけた作品が本作であった。スーパージャンプではもも子の続編を描くつもりだったが編集長に却下され、本作が描かれることとなった。といっても概略はぼんやりしていたといい、いわゆる「ギャグSF」にするか「ストーリーモノ」にするかすらなかなか決まらず、一話はどちらにも転用できる作りになっているという。”(Wikipediaより抜粋)

 

 

第3次世界大戦後の荒廃した日本が舞台。国は独裁政権を敷くゲノム党に支配されており、生き残った国民は男女に隔離されて農園で奴隷労働を強いられ、特権階級だけが裕福な暮らしを謳歌していた。そして政策として一部の国民にはバーチャルマシンが配布され、利用者の殆どは過酷な現実から逃れる為に仮想空間での性行為に耽っていた。

元軍人の狂四郎は治安警察の一員として敗残兵狩りを行っており、その血濡れた日常の慰めとしてバーチャルマシンを利用し、仮想世界に登場する女性・志乃と清らかな愛を育んでいた。

ある時、天才科学者のクローン脳を移植された喋る犬・バベンスキーを拾った狂四郎は自宅に連れて帰るが、バベンスキーは仮想世界のキャラクターである志乃が只のデータではなく実在する人間であることを発見する。

志乃の正体はバーチャルマシンの管理を行う下級公務員・ユリカで、仮想世界でひた向きに剣術修行をする狂四郎の姿に惚れ、AIの振りをして狂四郎の恋人となった。

真実を知った狂四郎ユリカと愛し合いプロポーズをする。そして現実のユリカと会う為に、国家反逆者として追われながら彼女のいる北海道の中央政府電子管理センターを目指してバベンスキーと2人で旅をする。

 

一般の知名度は低いが、マニアの間では有名な作品。

個人的には手塚治虫などの偉人の名作に引けを取らない傑作である。初めて読んだ時、この作者は間違いなく天才だと感じた。

 

作中には性描写やナンセンスな下ネタが頻繁に登場するため、絵の雰囲気も含めて拒絶反応を示す人もいるかもしれないが、この地獄のような現実で愛を貫く男女の物語には性表現が必要不可欠な要素となっている。

 

子供のころに戦争で家族を失い天涯孤独となったユリカは、その頭脳とプログラミング能力によって電子管理センターに採用されて生き延びることができた。しかしそこで彼女は上司や同僚の慰み者にされ続け、現在では大臣の愛人を強要され毎日のように体を求められており、その過酷な日々の中で狂四郎の存在だけが彼女の支えとなっていた。

狂四郎が自分に会うために旅立つと、管理センターを脱出する為に身体を鍛えて脱出計画に必要な情報を模索していく。その過程で艱難辛苦を経験し、心を折られ身体を汚されるが、自分を見失わず狂四郎を信じ耐え続けた。

美人で聡明で芯が強く献身的という、理想的な伴侶の姿が表現されている。

 

一方で、政府の方針により、将来国家反逆者となりうる「M型遺伝子異常者」として生まれてすぐに施設へ収容された狂四郎は、そこで兵士となるための過酷な訓練を受け人間兵器として成長し、戦時中は『「M型遺伝子異常者」である自分を育ててくれた国に恩返しをするため』という洗脳にかかった状態で最前線の戦場で戦い続けた。しかし人を殺し続けた精神的負担によって正気が保てなくなるほど心が消耗しており、ユリカの存在だけが彼の救いとなっていた。

彼はとにかく強い。幼少期からの訓練と戦時下での経験、そしてバーチャルマシンを通して学んだ剣術の腕により、戦闘と破壊工作のエキスパートとしてあらゆる敵を倒していく。しかし生き残るために人を殺めていくたびに、かつて殺人鬼だった頃の自分に引き摺られていくことになる。

人懐っこく純粋でスケベな青年と非情な殺人鬼の二面性を持ち、精神的にも肉体的にもタフでありながら一方で、血塗られた自分の本当の姿をユリカに見られたくないという恐れを抱え、葛藤しながら旅を続けることになる。

 

現実世界では触れ合うどころか互いの姿を見ることすら出来ない2人のバーチャルマシン越しの性行為は、単なるエロでは無く男女の悲哀と生命の輝きを想起させる。

そのため、唐突に挟まれるナンセンス下ネタギャグは時に邪魔に思えるかもしれないが、展開が暗くなりすぎないように付け加えられたエッセンスともとれる。

 

そんな2人を見て是が非でも幸せになって欲しいと願うのがバベンスキーだ。

 天才科学者の頭脳を持った天才犬のバベンスキーだが、感情豊かで情に厚く誰よりも人間臭い。

彼が志乃の正体が人間だと見抜いたとき、事実を知った狂四郎が命の危険を冒してユリカに会いに行くことを危惧していたが、現実世界で一生会えないことを承知の上で仮想空間で愛し合う2人を見て、彼らをどうしても会わせてやりたくなった。

そうして旅に同行する彼は狂四郎の相棒であり保護者でもあり、そして狂四郎ユリカを見守る読者の射影でもある。

 

以下に物語の結末についてのネタバレが含まれるため、気になる方は飛ばしてほしい。

 

 

物語の最後は管理センター内での政治的なイザコザに紛れて見事脱出に成功して終わりとなる。

2人のその後を示唆するような描写も特に無く唐突で淡泊な終わり方だ。

しかし、狂四郎ユリカはあくまでも只の一般人であり、政治的な権力も無く革命を起こす力も無い。徹頭徹尾、彼らが出来ることは過酷な世界で生き延び自分たちの生活を守ることだけであり、それ以上の事はどうすることもできない。

この件については当時の読者からも反響があったのか、作者が最終巻のあとがきで以上のような弁明を行っている。

物語の終盤で2人が逃げ延びた後の救済案として、バベンスキーからタイムマシンの使用を提案される。彼の元となった天才科学者が生涯を賭して作り続けていたもので、どうやら完成しているらしいので2人で平和な時代へ逃げてほしいとの思いからバベンスキー狂四郎へ問いかけるが、定員が2人でバベンスキーを連れていけない為、狂四郎はそれを断っている。

 

政府の支配から逃げ出した2人は今後も自分たちの命を狙う国家の刺客から隠れ続けなければならない。常に死と隣り合わせの生活は管理センターでのユリカの暮らしより過酷であり、碌な医療体制も無い為あっけなく死んでしまうかもしれない。

しかし一方で案外子供をたくさん作って幸せな人生を全うするかもしれないし、もしかしたらバベンスキーがタイムマシンを改良して平和な時代へ全員で逃れていくかもしれない。

様々な憶測は可能だが、最後のページで無事脱出した2人が笑顔で手を繋ぐ姿を見れば、そこから感じられるのは宿願が叶った安堵と未来への祝福だけであり、それ以上の考察は無粋に思えてくる。

 

独特の作風から人を選ぶ作品であり、また人に推薦し難い作品である。

しかし興味があれば是非この心に響く至高の怪作を手に取ってみてほしい。狂四郎ユリカに共感することが出来れば、必ず感動する筈だ。

ただし、古い作品なので通常の書店には置いていないと思われるので、電子書籍での購入かネットカフェ等で読むことをお勧めする。